行動

kyupinの日記 気が向けば更新 (精神科医のブログ)

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2016年1月

2016年1月29日 (金)

【9】幸運は不運のあとにやってくる

第二章

 諦めない人に幸運はやってくる

 人生はどこでどうなるかわからない

 中国に「人間万事塞翁が馬」という格言があります。

 この格言にまつわる逸話を紹介しましょう。

 昔、ある村に一人の老人が暮らしていました。

 あるとき、その老人が可愛がっていた名馬が逃げてしまいました。

 そこで、近所の人がなぐさめに行くと、老人は次のように答えました。

 「このことが福を呼ぶかもしれない」

 しばらくすると、老人の言葉は現実となりました。

 逃げた馬がたくさんの馬を引き連れて戻ってきたからです。

 そこで、近所の人が「よかったね」と言うと、老人は次のように答え

ました。

 「このことが災いを呼ぶかもしれない」

 すると、老人の息子が馬から落ちて足を骨折してしまいました。

 そこで、近所の人がなぐさめに行くと、老人は次のように答えました。

 「このことが福を呼ぶかもしれない」

 しばらくすると、戦争がはじまり、多くの男性が兵士として駆り出さ

れ、戦死してしまいました。しかし、老人の息子は足を骨折していたの

で、兵役をまぬがれ、戦死しないですんだのです。

 この話にもあるように、不運と思えることであっても、それは幸福に

つながったりするのです。

 人生の危機・ピンチと思えることが、成功をおさめるためのチャンス

であることがあるのです。

 逆境と思えることが、順境のきっかけになる場合もあるのです。

 まさしく、災い転じて福となす、です。

 だからこそ、人生はおもしろいのかもしれません。

植西 聰 氏

2016年1月28日 (木)

【第一章のポイント】幸運は不運のあとにやってくる

第一章

 不運が幸運を連れてくる

●幸運と不運は常に隣り合わせにある。

●たくさんの不幸を味わうからこそ、たくさんの幸運エネルギーが

 ためられる。

●報われない人生を送るからこそ、その後、報われる人生を送るこ

 とができる。

●不運を体験するからこそ、才能を開花させ、人生を飛躍させてい

 くことができる。

●不運はその人が力強く生きるために欠かせない栄養分のようなも

 のである。

●不運を体験するからこそ、一皮も二皮もむけた大きな人間に成長

 することができる。

●不運のエネルギーが形となって現れているとき、水面下では幸運

 がエネルギーをためている。

●たいへんな思いをしたり、苦労するからこそ、大いなる喜びを味

 わうことができる。

●前半、思いどおりにいかなくても、後半、、思いどおりの人生を

 送れたほうが、幸福感を満喫できる場合が多い。

●不運が大きければ大きいほど、幸運も大きくなる。

植西 聰 氏

2016年1月27日 (水)

【8】幸運は不運のあとにやってくる

第一章

 不運が幸運を連れてくる

 運・不運にも反動の作用がある

 物理学に反動の法則というものがあります。

 反動の法則とは、物体に力が加わると、物体は同じ強さの力で押

し返す作用のことをいいます。

 たとえば、ボールを壁に向かって投げたときです。

 弱く投げると、弱くはね返って戻ってきます。

 逆に、強く投げると、強い勢いではね返って戻ってきます。

 人間の運にも同じことがいえます。不運がたいしたことがなけれ

ば、その後にやってくる幸運もたいしたことはありません。

 そのため、不運の時期が過ぎ去り、幸運期を迎えても、それほど

幸福感を覚えない場合があります。

 しかし、不運が大きければ大きいほど、その後にやってくる幸運

も大きなものがあります。

 「ものすごくつらくてたいへんな思いをしたが、今はこんなに幸

せだ」と心の底から思えるようになります。

 しかし、だからといって「私の場合、不運といってもたいしたこ

とはない。だから、自分で不運を作りだそう。そうすれば、幸運が

もたらされるだろう」という考え方はよくありません。

 なぜなら、こういう人は少ないと思いますが、「財布をわざと置

き忘れる」「同僚からわざと嫌われる」といった行為は自滅行為に

つながり、負のスパイラルに陥ってしまう可能性があるからです。

 大切なのはあくまでも自然体でいて、もし不幸に見舞われたとし

ても、日々、前向きに明るく暮らしていくことなのです。そうすれ

ば、幸運期を迎えたとき、神様は素敵なプレゼントを授けてくれる

に違いありません。

植西 聰 氏

2016年1月26日 (火)

【7】幸運は不運のあとにやってくる

第一章

 不運が幸運を連れてくる

 「前半・幸運」よりも「前半・不運」のほうがいい

 「第一志望の大学に何が何でも合格したい」

 「第一志望の会社に絶対に入社したい」

 こう願っても、思いどおりにいかず、挫折することが人生にはし

ばしばあります。

 しかし、「終わりよければすべてよし」とはよくいったものです。

 人生は、前半、思いどおりにいかなくても、後半、思い通りの人

生を送れたほうが、幸福感を満喫できる場合が多いのです。

 たとえば、シンガーソングライターのさだまさしさんです。

 さだまさしさんは、子どものころからプロのバイオリニストをめ

ざしていました。

 しかし、音楽大学の受験に失敗し、プロのバイオリニストになる

ことはできませんでした。

 でもそのおかげで、その後、シンガーソングライターとして大活

躍するようになりました。

 このように、最初は不運に見舞われても、その後の人生で、幸運

に包まれる例は、ほかにもたくさんあります。

 したがって、最初の段階でつまずいても、嘆き悲しむことはない

のです。

 それは「あなたにはもっと才能が存分に発揮できる場所がある」

「活躍できる場はほかにある」という神様からのメッセージでもあ

るのです。

 そのことを認識し、「今は不運だが、そのうち幸運が訪れる。そ

うしたら後半は幸運な人生を満喫できる」と考えてはどうでしょう。

 そうすれば、絶望的な状況に立たされたからからといって、失望

したり、落胆することはなくなります。

 むしろ、人生に希望の光が差し込むようになるでしょう。

植西 聰 氏

2016年1月25日 (月)

【6】幸運は不運のあとにやってくる

第一章

 不運が幸運を連れてくる

  たいへんな思いをするから幸運感を満喫できる

 行動心理学に「代償の法則」という言葉があります。

 何かを得るためには、何かを犠牲にしなければならないという意

味ですが、最近では「快感を得るためには、不快感も避けては通れ

ない」という意味合いでも用いられるようになりました。

 たとえば、富士登山です。

 困難な登山はつらいものがあります。

 しかし、だからといって、頂上まで登ろうとしなかったら、頂上

に着いたとき、眼下から見下ろす壮大な景色を楽しむことはできま

せん。

 海外旅行も例外ではありません。

 成田空港からヨーロッパの中心部に行くのに、飛行機でおよそ1

2時間かかります。

 長時間、エコノミークラスのシートに座り続けるとしたらたいへ

んなことでしょう。それだけで疲れ果ててしまう人もいるでしょう。

 でも、そうやって長時間のフライトに耐えるからこそ、現地に行

ってバカンスを満喫できます。

 人生にもまさしく同じことがいえます。

 たいへんな思いをするから、幸福感を満喫できるのです。

 「たいへんな思いはしたくない。苦労したくない」と考え、平穏

無事な人生を歩むことを願っていたら、反動---落差が少ないぶ

ん、さしたる幸福感を味わうことはできません。

 結論的にいえば、大変な思いをしたり、苦労するからこそ、不幸

が幸福と入れ替わったとき、大いなる喜びを味わうことができるよ

うになるのです。

 それならば逆境にあっても、代償を拒まず、あくまでも前向きに

考えたほうが幸福を味わえるでしょう。

植西 聰 氏

2016年1月22日 (金)

【5】幸運は不運のあとにやってくる

第一章

 不運が幸運を連れてくる

  不運のときは水面下で

  幸運のエネルギーが蓄積されている

 不運に見舞われ、それが長期間続くと、人は次のように考えがち

です。

 「この状態から一生抜け出せないかもしれない」

 「自分はこの先もずっと報われないままかもしれない」

 しかし、「運・不運にはエネルギーがあり、不運のエネルギーが

形となって現れているとき、水面下では幸運がエネルギーをためて

いる」というのが私の持論です。

 つまり、不運のエネルルギーがだんだんと弱まり、消滅すると、

それと入れ替わるかのように、今度は幸運のエネルギーが形となっ

て現れるようになるのです。

 このことをうまく説明したのが仏教の開祖・ブッダ(釈迦)です。

 ブッダは不運に見舞われ、嘆き悲しむ人によくこう言ったとされ

ています。

 人は眠りに就くなど、休息することによって、心身を休ませるこ

とができる。

 力を蓄え、温存することができる。

 それによって、いきいきと働くことができる。

 大工は家を建てることができ、農夫は多くの野菜を育てることが

できる。

 人生も同じだ。

 もし、不運に見舞われたら、人生の休息をとっていると思えばい

い。

 これからの人生で活躍するときのために、力を蓄え、温存してい

ると思えばいい。

 不運に見舞われても、幸運がなくなったわけではありません。

 むしろ逆で、その人が飛躍する、発展するためのエネルギーをた

めているのです。

 願望をかなえ、成功をおさめ、社会で大活躍するためのエネルギ

ーをチャージしているに過ぎません。

 そして、不運のエネルギーが弱まり、幸運のエネルギーのチャー

ジが完了した瞬間、今度は幸運のエネルギーがこの現象世界に形と

なって現れるようになるのです。

植西 聰 氏

2016年1月21日 (木)

【4】幸運は不運のあとにやってくる

第一章

 不運が幸運を連れてくる

 「幸運は不運のあとにやってくることは

  医学の世界でも研究されている

 精神医学に「病跡学」という研究分野があります。

 「病跡学」とはわかりやすくいうと、病気やけがをした人と、そ

の人が残した業績の関係性について調べる学問のことをいいます。

 それによると、ドイツの文豪ゲーテ、ロシアの作曲家チャイコフ

スキーといった人たちは、うつ病などの心の病を患ったおかげで、

優れた作品を残すことができたといいます。

 日本では野口英世がそうです。ご存じのように野口英世は幼いこ

ろ、家の囲炉裏の中に落ち、左手に大やけどを負いました。

 しかし、学校の先生をはじめ、多くの人がお金を出してくれたお

かげで、手術をすることができ、それによって医学に目覚め、後年

は細菌学者として大活躍しました。

 ベートーベンも同じです。

 彼は、音楽家にもかかわらず聴力を失うという悲劇に見舞われま

したが、そのおかげで、感性が研ぎ澄まされ、人の心を打つ名曲を

次々と作り出すことができたのです。

 とくに交響曲第九番は、師走に合唱される定番として日本人に愛

されています。

 このように、彼らは病気やけがという不運を体験し、深く悩むこ

とによって、自分の進むべき方向性を明確にし、才能を開花させ、

人生をを飛躍させていったのです。

 もし、彼らが、病気やけがをしなかったら、後世に残るような業

績は残せなかったと思います。

 その意味で、不運というものは、幸運になるために欠かすことの

できない大切な要素なのです。

 つまり、不運を体験するからこそ、幸運を手に入れることができ

るのです。

 そして、その不運が大きければ大きいものであるほど、大きな幸

せを味わうことができる可能性があるのです。

植西 聰 氏

2016年1月20日 (水)

【3】幸運は不運のあとにやってくる

第一章

 不運が幸運を連れてくる

 運のいい人もどこかで不運を体験している

 「あの人はいいなあ。やることなすことがうまくいって・・・」

 このように他人と自分を比べては、他人の運のよさをうらやまし

がる人がいます。

 しかし、その人は本当に運がいいだけなのでしょうか。

 その人はやることなすことがうまくいくのでしょうか。

 そんなことはありません。

 やはり、どこかで不運を体験していると思うのです。

 『ハリー・ポッターと賢者の石』の著者であるJ・K・ローリン

グ女史の例です。

 彼女が執筆した「ハリー・ポッター」のシリーズは、どれも大ヒ

ットしました。

 そして、何本も映画化されました。

 それによって、彼女はたくさんの印税収入を得ることができ、大

金持ちの仲間入りを果たすことができました。

 その一点のみを見つめれば、幸せ者といっていいでしょう。

 しかし、彼女の人生はそこの至るまでは不運の連続でした。

 学生時代に社会不安障害という重い心の病気にかかり、苦しんだ

のです。

 結婚生活も長く続かず、すぐに離婚しました。

 挙句の果てには、うつ病まで発症し、生活保護を受けるまでに至

ります。

 この点を見れば、不幸な人生以外の何ものでもないでしょう。

 彼女は、報われない人生を送ったからこそ、その後、報われる人

生を送ることができたのです。

 不運続きだからこそ、災難続きだからこそ、そのぶん、心の中に

たくさんの幸運エネルギーをためることができ、大きな花を咲かせ

ることができたのです。

 まさしく、逆境にあっても前向きに考えることで、幸運は不幸の

あとにやってくるのです。

植西 聰 氏

2016年1月19日 (火)

【2】幸運は不運のあとにやってくる

第一章

 不運が幸運を連れてくる

 不運を体験していない成功者は一人もいない

 「アメリカン・ドリーム」という言葉があります。

 アメリカン・ドリームとは、志を立て、意欲を持って仕事に打ち

込めば、ゼロの状態からスタートしても、大きな成功を勝ちえて、

巨万の富を築くことができるという考え方をいいます。

 実際、ゼロの状態からスタートして、事業で大成功をあさめた人

はアメリカにたくさんいます。

 興味深いのは、その人たちは全員、不運を体験したあとに成功を

おさめたということです。

 たとえば、鉄鋼王と呼ばれたアンドリュー・カーネギーは、たい

へん貧乏な家庭に生まれ、学校を満足に卒業することなく、13歳

から紡績工場に働きに出ています。

 自動車王と呼ばれたヘンリー・フォードも同じです。

 たいへん貧しい農民の子として生まれ、お金がなかったため、子

どものころは、パンすら満足に食べられなかったといいます。

 発明王トーマス・エジソンも例外ではありません。

 彼は学校の先生から「頭が悪すぎる」と言われ、小学校をわずか

な期間で強制的に退学させられています。

 結論的にいえば、最悪の状態からスタートしても、また不運続き

の人生であっても、それにめげることなく、人生好転の可能性に向

けてまい進していけば、いつか必ず花開くようになるのです。

 いや、たくさんの不幸を味わうからこそ、そのぶん、たくさんの

幸運エネルギーをためることができるのです。

 そして、それが形になったとき、得るものも大きいのです。

植西 聰 氏

2016年1月18日 (月)

(新連載)【1】幸運は不運のあとにやってくる

第一章

 不運が幸運を連れてくる

 禍福は自然の摂理!

 あざなえる縄のようなもの

「万物流転」という言葉があります。

 万物流転とは、この世に存在するすべてものは、同じ状態を保つ

ことなく移り変わっていき、永久不変なものなど存在しないという

意味です。

 わかりやすい例を出すと季節がそうです。

 日本では、寒い冬が永遠に続くということはありえません。

 寒い冬のあとには、必ず春がやってきます。

 一日というサイクルも同じです。

 夜の状態でも、太陽がなくなったわけではありません。

 しばらくすると、必ず太陽が昇ってきます。それによって、朝日

を浴びることができます。

「どちらか片方だけが単独で存在することはありえない。いかなる

ものも変化しつつある」

 これは宇宙の絶対法則でもあるのです。

 人生も例外ではありません。

 「人生が報われない」という陰の状態にあるとしたら、いつか必

ず「人生が報われる」という陽の状態に切り替わるようにできてい

ます。

 運が悪いときも運がなくなったわけではありません。

 運は隠れているだけにすぎません。

 いつか必ず、入れ替わり、不運のあとには幸運がやってきます。

 「禍福はあざなえる縄の如し」という格言にもあるように、幸福

と不運は常に隣り合わせにあります。

 したがって運は、縄をより合わせたように入れ替わるものなので

す。

植西 聰 氏

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